アメリカの大学に行くと軍から奨学金を受け取りながら大学で軍事訓練を受け、卒業後に陸・海・空軍の士官として一定期間勤務する“ROTC(予備役将校訓練課程)”なんてものがありますが、自衛隊にも『賃貸学生』という似たような制度があります。
流石に自衛隊の場合は在学中に訓練への参加を義務付けられてはいませんが、大学または大学院在学中に賃貸学生となると毎月学費が貸与され、卒業後に一定期間自衛隊で勤務すれば学費返還を免除されるというシステムです。
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“賃貸学生”とは?
賃貸学生は自衛隊の装備品をハイテク化、国産化する分野で活躍する技術系の幹部を養成するため、大学の理学部・工学部(およびそれに類似する学部)又は大学院修士課程の学生を大学・大学院在籍中に採用するという制度で、賃貸学生に採用されると防衛省から学資金が貸与されます。
貸与された奨学金は大学・大学院卒業後に既定の期間自衛隊で勤務すれば返済不要です。
しかも他の奨学金制度との併用も可能なので、賃貸学生に採用されれば学生生活がかなり楽になるのではないでしょうか?
大学・大学院卒業後は無試験で幹部候補生に任命され、原則的には大学・大学院で学んだ分野の業務に従事することになります。
賃貸学生になるには?
賃貸学生になるためには、大学または大学院在籍中に試験を受け、これに合格する必要があります。
募集受付期間
募集受付期間は例年10月~翌年の1月中旬までとなっています。
応募資格
賃貸学生への応募資格があるのは
- 大学の理学部、工学部の3・4年次又は大学院修士課程在学
- 正規の修業年限を終わる年の4月1日現在で26歳未満(大学院修士課程在学者は28歳未満)
の大学生または大学院生なんですが、個人的には大学生だけでなく大学進学を考える高校生にもチェックしておいてもらいたい制度です。
陸・海・空どの自衛隊の賃貸学生となるかは願書提出時に選択できますが、専願という訳でもないようで、第3希望まで記入することが出来るそうです。
そのため配属希望先として陸・海・空すべてを併願することも制度上は可能ではあるものの、実際の配属は試験の成績や部隊側のニーズに応じるため、本人の希望とは異なる自衛隊に指定されることもあるかもしれません。
採用試験
賃貸学生となるための試験には筆記試験と口述試験があります。
筆記試験は4教科(英語・数学・物理・化学)の学科試験と小論文で、試験の難易度は大学教養課程修了程度(大学2年までに学ぶ基礎的知識)。
口述試験はいわゆる面接と呼ばれる物になります。
賃貸学生採用後の待遇
賃貸学生に貸与される学資金
在籍中には毎月54,000円の学資金が貸与されます。
日本学生支援機構の奨学金が毎月20,000~120,000円となっているので、金額的にはちょうど平均的なところですかね?
賃貸学生と他の奨学金制度との併用も可能(元々入っていた奨学金制度の規約次第ですが…)なので、うまく組み合わせればかなり生活に余裕が出来るのではないかと思います。
賃貸学生の対象は大学生または大学院生なのですが、この“他の奨学金制度と併用可能”というシステムを有効に使うためにも、高校生のうちから賃貸学生の制度を知っておいたほうがいいでしょうね。
訓練・研修
冒頭でも触れている通り、アメリカをはじめとした諸外国にはROTCという制度があり、卒業後一定期間を現役将校として勤務すれば奨学金が免除となります。
ROTCの場合は卒業後すぐに現役将校として部隊勤務をする必要があるため、在学中にも軍事学の講義を受けたり野外訓練に参加したりする義務があるのですが…。
自衛隊の賃貸学生の場合は、大学卒業後に幹部候補生学校で必要な知識・技能を身に付けるため、在学中に訓練が行われることはありません。
夏休みに実際に1週間ほどかけて全国の自衛隊の部隊を見学することが出来たりするようですが、これはあくまで研修なので、現役の隊員と一緒になって小銃を持って野山を駆けずり回ったりすることは無いようです。
そしてその研修への参加も本人の希望次第ということなので、『自衛隊へ入隊するまでに一度も研修に行かない』ということもまぁ可能ではありますが…。
せっかくタダで色々見学できるんだから行かない手は無いでしょうね。
幹部候補生として自衛隊へ入隊
大学・大学院を卒業すると無試験で幹部候補生たる陸・海・空曹長に任命され、各自衛隊の幹部候補生学校へ入校します。
ここから先の待遇は防衛大学校卒業者、一般幹部候補生と同等の扱いを受けるため、その後のキャリアもおおむね同じになるようです。
学資金の返済
学生時代に貸与されていた学資金は自衛隊で一定の期間(4年間、もしくは学資金貸与期間の1.5倍の期間)勤務すると返済を免除されます。
なお、様々な事情でこの期間を自衛隊で勤務することが出来ない、または気が変わって自衛隊に行きたくなくなったという場合は貸与された学資金の全額返済を求められます。
“賃貸学生”出身者の自衛隊でのキャリア
幹部候補生学校卒業時に配属先や自衛隊内での職域指定されます。
基本的には大学または大学院で身に付けた知識、技能に応じた技術系の分野で、主に以下の分野に配置されるようです。
陸上自衛隊
- 装甲車両
- 誘導武器
- サイバー攻撃対処
- 弾道ミサイル対処
- 電磁スペクトラム
海上自衛隊
- 船艇
- 航空機
- 搭載電子機器・武器
- 航空武器
- 水中音響
航空自衛隊
- 航空機
- 誘導武器
- レーダー搭載電子機器
- 電磁スペクトラム
- 宇宙監視
幹部候補生学校を卒業して職種ごとの専門の教育を受け、部隊での実務訓練を終えると3等陸・海・空尉(修士課程修了者は2等陸・海・空尉)に任命されます。
部隊では各専門分野の運用について学び、一定年数を経過したら研究開発部門に移動して新しい装備品の開発や既存の装備品の改善・改良、さらにまた第一線の部隊で部隊指揮官としての経験を積み、再び研究開発部門へ…といった感じで一線部隊と研究開発部門を行き来して仕事をするようです。
自衛隊入隊後のスキルアップ
技術分野の研究開発を担う幹部自衛官として、国内外の大学や研究所に官費で留学したり、同盟国の軍事研究を行う研究機関に長期研修を命じられたり、あるいは共同研究のために防衛産業を担う企業に出向したりと、自衛隊に採用された後も専門分野のスキルアップのためにあらゆる種類の教育を受けることが出来ます。
また、自衛隊幹部学校や海外の軍事大学へ進むことも出来るので、本人の希望と努力次第では自衛隊の技術部門や研究開発部門を統括する三ツ星の将官を目指すことも可能です。
“賃貸学生”のメリットとデメリット
メリット
メリットは
- 条件次第ではあるものの、返済不要の奨学金を得ることが出来る。
- 賃貸学生に採用された時点で自衛官への採用も内定するため就職活動をしなくても済む。
- 自衛官に任官した後も公費で専門分野の研究に専念できる。
という点でしょうね。
『就職のために大学へ進学した』という人にはこのメリットを感じづらいかもしれませんが、『理工学系の専門分野が好きで生涯にわたって研究したい!』という人にはかなり大きなメリットになるのではないでしょうか?
既に奨学金を受給している人も賃貸学生の学資金を併用して受け取ることが出来ますし、卒業後に既定の年数自衛隊に勤務すれば賃貸学生の学資金は返済不要!
国家公務員として安定した給与が支給されるので別の奨学金を安定して返済できますし、防衛省生活協同組合の低金利のローンを組んで奨学金の一括返済をすれば実質的な返済額を圧縮することも出来たり…。
『もろもろの事情で金銭的に余裕がないけれどどうしても理工学系の分野を学ぶために進学したい!』という人には悪くない選択肢でしょうね。
デメリット
それほどデメリットもない制度ですが、『自衛隊に入ったからにはトップの幕僚長になってやる!』という上昇志向の強い人にはお勧めできません…。
賃貸学生の待遇は防衛大学校卒業者や一般幹部候補生と同じではあるものの、技術系の研究開発を担う裏方の職種や特技(自衛隊内での勤務分野)を指定されてしまうため、運用側の職種に配置された人達に比べると出世しづらい。
例えば航空自衛隊で言うと、制服組トップの航空幕僚長にはパイロットか高射運用、要撃管制官といった“部隊運用(総合職)”の特技の人が多いのですが、賃貸学生からだと整備や技術といった専門職の特技が指定されるため、これらの特技から幕僚長になるのは難しいかもしれません。
まぁ歴代の航空幕僚長の経歴を調べてみると整備や技術畑からという人も多少はいるので不可能という訳ではなさそうですが…。
もっとも今のシステムでは職種や特技以前に防衛大学校を卒業していないと幕僚長どころか総隊司令官や護衛艦隊司令官にもなれそうにありませんけどね。
とはいえ色々と制度改革が進み、一般大卒で一般幹部候補生から陸上幕僚長まで上り詰めた人も誕生しているため、いずれ賃貸学生から幕僚長が誕生する日が来るかもしれません。
まとめ
賃貸学生は諸外国のROTCに類似した制度で、大学または大学院在籍中の学生を採用し、毎月の学資金を貸与するという制度ですがROTCのように在校中に軍事学の講義を受けたり野戦演習に参加したりする義務はありません。
在学中毎年1度夏に開催される部隊研修に参加出来ますが、これは強制ではないため学業を優先することも可能です。
大学または大学院卒業後はそのまま幹部自衛官として自衛隊に採用されるので就職活動をする必要がないというのも大きなメリットですね。
自衛隊入隊後は幹部候補生学校にて幹部自衛官に必要な知識や技能を身に付け、自衛隊の技術分野を担う技術系幹部として全国各地の部隊で勤務することになります。
部隊配置後は本人の希望、あるいは部隊側の要求により国内外の大学や研究施設へ公費で留学することが出来るので自衛隊入隊後も研究活動は続けられますし、新規装備の開発といった業務にも携わることが出来ます。
応募資格は大学3・4年生もしくは大学院修士課程在籍中の学生とはなっていますが、他の奨学金との併用も可能なので高校生にもぜひチェックしておいてもらいたい制度です。
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