浜松の観光地巡り:浜松市北区細江町“プリンス岬”

観光

地元浜松の観光地や名所、旧跡をあちこちバイクで周っていますが、今回は何になるんだろう?

名所というほどメジャーでもないし、旧跡というほどの歴史も無い、もちろん観光地でもないので何とも言えない場所で、地元浜松の人達にもそれほど知られていないというなかなかマイナーなスポット、浜松市北区細江町にある“プリンス岬”に行ってきました。

プリンス岬の由来

正式というのかどうかはわかりませんが、地図上の表記では五味半島というべきなんでしょうかね?

五味半島は浜名湖北部の奥浜名湖と呼ばれるエリアにある小さな半島で、プリンス岬はその先端の辺りの通称になります。

なぜこんな所に“プリンス”なんて名前がついているのか?

恥ずかしながら浜松出身の私も良く知らなかったんですが、プリンス岬の由来は今生天皇がまだ浩宮様と呼ばれていた頃にお一人で静養に来られていたことから。

なぜご静養先として葉山でも那須でもなく浜松が選ばれたのかは定かではありませんが、一説によると浩宮様が御用邸以外の場所でお過ごしになることで一般市民との交流を持たせたかったという当時の皇太子殿下(今の上皇陛下)のご意向があったとかなんとか。

そこで日本中から都合のいい場所を探した結果『奥浜名湖の五味半島にある平野社団という企業の保養所がよかろう』という話になり、1968年(昭和43年)から1978年(昭和53年)までの間、浩宮様がお一人で、またある時は当時の皇太子殿下がご一家で滞在されることになります。

平野社団というのは今の静岡銀行の源流の1つとなった遠州銀行を創設した銀行家、平野又十郎の創設した会社の一つ。

企業としては不動産業や農業、林業を生業としているようで、現在もプリンス岬の保養所も管理しています。

せっかくなので保養所の方にも行ってみたかったんですが私有地なので立ち入り禁止…。

たまに一般公開しているそうですが、保養所の中を見たことのある人曰く、皇族の方々が滞在されたとは思えないほど質素な造りなんだそうですね。

アクセス

公共交通機関で

最寄りの駅は天竜浜名湖線の西気賀駅

駅からプリンス岬までは徒歩10分程度といったところ。

天竜浜名湖鉄道は田舎の第三セクターの路線なので、通勤・通学時間帯以外の日中になると1時間に1本くらいしか走らないのでアクセス性はイマイチかもしれません…。

それでも沿線の長閑な風景は都会の生活に疲れた人達には新鮮に映り、癒しを感じるようで、新型コロナが流行る直前くらいまでは観光路線としてそこそこ人気だったんですよ。

遠方からお越しの際はぜひ天浜線に乗ってみてください!

車・バイクで

東名高速道路の三ケ日インターから浜名湖沿いに東に進み、約10分ほどでプリンス岬たどり着けますが、プリンス岬には駐車場が無いので車で来るのはお勧めできませんね…。

少し歩くことになりますが車は西気賀駅の駐車場に停めるしかなさそうですね。

バイクならギリギリどうにかなるかな?

行ってみると駐車できそうなスペースがあったりしますが、周辺に住んでいる人たちの駐車スペースなので勝手に車やバイクを停めないようにしましょう!

プリンス岬を散策

今回はバイクでプリンス岬へ。

邪魔にならないような所にバイクを停めて水辺をフラフラと歩いてみました。

この日は天気も良く風も穏やかで散歩するには丁度いい気候。

日陰になる所が少ないので真夏はもの凄く暑くなりそうですが、浜名湖からの風が抜けるので案外快適なのかもしれませんね。

この辺りは気候が温暖で過ごしやすいというのもご静養先として選ばれた理由の一つなんでしょう。

保養所のすぐ目の前にある浜名湖は内海なので波が穏やかで海水浴にも最適。

ただし、この辺りの浜辺は砂ではなくゴツゴツとした石で出来ているので泳ぐのにはちょっと危ないかな?

今上天皇は主に夏場のご静養でプリンス岬に来られていて、よく浜名湖で水泳をされていたそうですが、その時はこの浜辺からではなく、船でだいぶ沖の方まで出ておられたそうです。

この船着場から出かけたんだろうなぁ。

ある時は当時の皇太子殿下お手ずから手漕ぎボートで浩宮様を浜名湖の沖の方まで連れていき、数キロの遠泳をさせていたそうですが、この時は浩宮様が泳いでいる間も皇太子殿下は手漕ぎボートで付いて回ったというんだから凄い話ですよね…。

またある時は美智子さまの引率で浩宮様と地元の子供たちを船に乗せて浜名湖で海水浴に出かけたこともあったそうですが、この時は何かあったら美智子様が全責任を負うということで警護官を説得し、護衛無しで出発したんだとか。

船頭さんはヒヤヒヤしたんでしょうけど、一緒に行った子供たちの親御さんは『美智子様がそう言ってくださるのなら!』と、かえって安心して子供を預けられたとかなんとか…。

良くも悪くも緩い時代だったからこそできたことなんでしょうけど、当時の皇太子殿下と美智子様は余程肚が座っていて、言動に説得力があったんでしょうね。

多分こういうのが本当のカリスマ性なんだろうなぁ。

海の近くをご静養先に選ばれたのは昭和天皇が海洋生物学者だったということも関係してるんですかね?

浜名湖は日本最大の喫水湖ということもあり、生息している生物の多様性は日本有数のレベルですからね。

地元の漁師さんの漁の見学や、浜名湖でよく行われていた伝統漁法の一つ“たきや漁”の体験もされていたようですし、静岡県水産試験場の浜名湖分室にも何度か訪問されているようです。

保養所の目の前に浜名湖が広がるためどうしても海にばかり気を取られてしまいますが、保養所の裏手には山が広がり、ミカンの産地としても有名な三ケ日がすぐ近くにあるんですよね。

冬場のご静養の折りには農作業の見学や体験なんかもされていたようで、ミカンの収穫体験をされている映像を見たことがあります。

そんな感じで下々の人々の生活を見聞きする一方で、地域の人達、特に同年代の子供たちとの交流も盛んに行われていたそうで、一緒に浜名湖で海水浴を楽しんだり、野球をしたりしていたそうです。

野球は保養所近くに今もある西気賀小学校の校庭でやっていたそうで、私の小学校、中学校の頃の先生には浩宮様と同じチームで一緒にプレーをしていたという人もいましたね。

また、時折地元の子供たちを保養所に招いて遊んだり、パーティーを開いたりもしていたそうです。

残念ながら保養所の中に入ることはできませんでしたが、プリンス岬沿いの道路から庭先を覗くことが出来ました。

芝生は短く刈り揃えられ、庭木も綺麗に整えられていて手入れが行き届いている様子がうかがえます。

あの当時はこの庭で浩宮様と地元の子供たちがキャッチボールなんかしていたり、皇太子殿下と美智子様が東屋でその様子を眺めていたりといったことがあったんでしょうかね?

ドローンでも飛ばせば保養所の様子をもっと見ることが出来るんですが…。

まぁ人が住んでいる場所ではないとはいえ、勝手にドローンで私有地をのぞき見するのも趣味が悪いな…。

GoogleMapで見るくらいにしておきましょうかね。

↑航空写真に切り替えると保養所の様子がよくわかります。

観光地とも名所とも旧跡とも呼びづらい何とも微妙なスポットですが、岬から見える浜名湖の景色はとても美しく、時間の流れをゆったりと感じられる長閑でのんびりとした良い所でしたね。

地元でも周辺に住むほんの少しの人しか知らないスポットなので観光客が押し寄せることも無いので、静かに過ごすことが出来るのではないでしょうか?

こんな感じの所なのでお土産物屋さんとかは無いですが、奥浜名湖らしい暢気な空気を感じられる面白い所だと思いますよ。

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