アイキャッチ画像はWikipediaより引用した、観閲行進中の陸上自衛隊高等工科学校生徒の画像。
自衛隊への入隊方法は色々とありますが、この画像の彼らは中学校を卒業した直後に自衛隊に入隊した若きエリートたちです。
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“陸上自衛隊高等工科学校”とは?
陸上自衛隊高等工科学校とは、日々高機能化、システム化していく陸上自衛隊の装備品の整備・運用を担い、国際社会においても自信をもって対応できる自衛官を養成することを目的として設立された制度。
かつては『少年自衛官制度』と呼ばれ、“陸上自衛隊少年工科学校”、“海上自衛隊第1術科学校生徒部”、“航空自衛隊生徒隊”、の3つのコースが各自衛隊に設置されていましたが、時代の流れにそぐわない事(防衛省の総人件費の抑制政策、国連子供の権利条約への批准など)から一旦すべてのコースが廃止され、新たに設立されたのが陸上自衛隊高等工科学校になります。
この制度自体は大まかに言えば現行の一般曹候補士や、かつて存在した曹候補学生と同じく、“部隊の中堅となる下士官(曹)を養成する”というコースなんですが、高等工科学校の場合は教育対象となるのが中学校を卒業したばかりの、一般の高校生と同じ年代の子供たちが教育対象となります。
かつての少年自衛官制度では、入隊と同時に陸・海・空自衛隊のいずれかに所属し、3士という自衛隊で最も低い、生徒しか任命されない階級を付けていましたが、現在は入隊しても自衛隊には所属せず、階級も付かないようです。
イメージ的には防衛大学校の高校版といったところですかね?
防衛大学校と違うのは高等工科学校はあくまで陸上自衛隊の学校であるため、卒業後は陸上自衛隊にしか進めない事、そして陸曹を養成するためのコースなので本人が希望しない限りは幹部になることも無いというところでしょう。
陸上自衛隊高等工科学校生徒になるには?
陸上自衛隊高等工科学校生徒になるためには、採用試験を受験し、これに合格する必要があります。
採用試験は“一般”と“推薦”に分かれていて、“推薦”試験を受けるためには学校長の推薦が必要になります。
募集受付期間
募集受付期間は“一般”と“推薦”で異なっています。
- 一般:例年11月~1月中旬
- 推薦:例年11月~12月上旬
募集定員は
- 一般:約260名
- 推薦:約90名
ですが、“約”と付いている通り、実際の採用者数は不確定…。
一般・推薦合わせて350人前後といったところでしょう。
応募資格
陸上自衛隊高等工科学校生徒への応募資格があるのは
“日本国籍を有する中卒(見込み含む)で15歳以上17歳未満の男子”
のみで、残念ながら女子の募集はしていません。
採用試験
一般の高校と違って入学すると同時に防衛省職員として採用されるため、“入学試験”ではなく“採用試験”と呼ばれています。
試験科目は
- 筆記試験
- 作文
- 口述試験
- 身体検査
の4つですが、“一般”と“推薦”で試験日程や試験内容が異なります。
筆記試験
筆記試験は一般試験と推薦試験で別の問題が用意され、日程も別々になっています。
一般試験
一般受験者用の筆記試験は例年1月の下旬に行われます。
試験科目は国語、社会、数学、理科、英語の五科目で、回答方法はマークシート方式。
試験のレベルとしては中学校卒業程度といったところです。
各県の中堅クラスの進学校レベルの学力があればそれほど難しくは無いかと思います。
過去の試験問題が公開されている他、過去問集が販売されているので、これで試験対策をするのがいいでしょう↓
そこまで難易度の高い問題は出題されず、基礎学力のレベルを判断するといった問題が多いので、案外学習塾に通うよりも↓
スタディサプリみたいに定期テスト対策や普段の授業の理解度を向上させることを目的とした学習アプリで勉強したほうが効率はいいでしょうね。
推薦試験
推薦受験者の筆記試験は例年1月の上旬に行われます。
試験は一般のように科目ごとに分けられておらず、“与えられたグラフや表を分析して設問に答える”という問題と、“数学の計算問題、文章問題、図形の問題”が出題され、回答方法は記述式となっています。
こちらも過去数年分の試験問題が自衛官募集HPで公開されているので、試験対策はまず過去の試験問題を分析するところからですね。
意外なことに推薦試験には英語の問題が無いんですが、どこか別のところで試験するんでしょうか?
作文
作文は筆記試験の直後に行われ、与えられたテーマにそって500字程度の作文を1時間で書くというもの。
別々の年度の作文のテーマですが↓
- 一般試験のテーマ
団体生活や団体行動をするうえで、チームの一員として、自ら進んで行動することの大切さについて、あなたの思う所を述べなさい。 - 推薦のテーマ
団体生活、団体行動などで行動して目標を成し遂げるために「リーダーシップ」は、なぜ重要なのかについて、あなたの考えを述べるとともに、高等工科学校入学後、「リーダーシップ」をどのように活かしていきたいかについて述べなさい。
似たようなテーマだったとしても推薦試験の方が踏み込んだ内容について書く必要がありそうですね。
ちなみに作文は筆記試験の一部ではあるんですが、作文単体では評価されず、この後に行われる面接試験での判断材料として使われます。
口述試験
推薦受験者は筆記試験と同日中に、一般受験者は筆記試験の合格発表後に指定された日時で口述試験を受験します。
口述試験と言ってはいますが、実際のところは一般的な高校の入試でも行われる個別の面接試験です。
面接の内容も一般的な高校の面接試験とそう変わることは無いようで、志願動機や入隊後の夢、中学校時代に打ち込んだこと、作文に関連することを質問されますが、作文の質問が結構面倒ですね…。
『何を思ってそう書いたのか?』
『そう思ったのはなぜか?』
『そう思うに至った経験があるのか?』
『その経験から何を学んだのか?』
といったことを聞かれるようです。
推薦試験なら今さっき書いた作文について回答するので答えやすいですが、これが一般試験の受験者だと、面接まで2週間くらい期間が開くのでうっかりしてると何を書いたのか忘れてしまう…。
筆記試験が終わると緊張から解放されて作文の忘れちゃったり、そもそも帰ったから書き起こすの忘れちゃったりするんですが、ここで油断しないように!
家に帰ったらすぐに作文を書き起こし、自分の考えを説明できるようにしておきましょう。
身体検査
身体検査は推薦受験者は筆記試験と同日に、一般受験者は筆記試験の合格発表後に別途指定された日(面接と同じ日)に行われます。
検査項目は一般的な健康診断のように身長、体重や胸囲、血液検査など。
明確な合格基準となる数値が設定されているのは身長(150㎝以上)と視力(両側の裸眼視力が0.6以上又は矯正視力が0.8以上)くらいしかありません。
ただし、身長に関しては10代であれば入隊後に2~3㎝くらいすぐ伸びるので、多少足りなくても『入隊後に伸びる可能性アリ』ということで合格にしてもらえることがあります。
いわゆる『見込み入隊』というやつですね。
同じく体重についても合格基準は『身長と均衡を保っているもの』となっているので、余程太りすぎて歩くことすらままならないというレベルでもなければ「受験時は不均衡だけど入隊後に改善される可能性がある」ということで合格にしてくれる可能性があります。
ただし、長期の入院や毎日の通院が必要な持病がある、性病などの感染症を発症していて入隊までに完治の見込みがない、といった場合は身体検査で落とされる可能性があります。
とはいえ病状によっては入隊を認められる可能性もありますので、持病があるという人は一度地方協力本部の募集担当官に相談してみてください。
陸上自衛隊高等工科学校の学生生活
採用試験に合格すると3月下旬~4月上旬ごろに陸上自衛隊に入隊します。
入隊先
陸上自衛隊高等工科学校生徒の教育は神奈川県横須賀市の武山駐屯地にある高等工科学校で行われます。
この学校は自衛隊の他の教育課程と同じく全寮制で通学は認められません。
この特殊な環境に適応できず、せっかく合格したのに高等工科学校で一泊して強烈なホームシックにかかって帰ってしまうという人が意外に多いようですね…。
生徒の待遇
高等工科学校生徒は入学と同時に防衛省職員として防衛省に採用され、毎月10万円程度の学生手当の他、年に2回賞与が支給されます。
全寮制となっていますが、宿泊費と食費は原則無料、さらに制服や靴といった服は全て貸与されます。
教育・訓練の項でも触れますが、基本的には一般の高校生と似たようなカリキュラムで高校の授業を受けることになっていますが、防衛大学校や防衛医科大学校と違い、学費の一部は自費で支払う必要があります。
教育・訓練
陸上自衛隊高等工科学校に入学すると、高校の授業を受けながら自衛隊の訓練を受けます。
3年間の教育課程を修了すると高校卒業の資格を得られるので、一般の大学や防衛大学校、防衛医科大学校、航空学生を受験することも出来ます。
教育
基本的には一般の高校と同じカリキュラムの授業を受けますが、3年になるとそれらに加えて
- 教養専修コース
- 理数専修コース
- 国際専修コース
- システム・サイバー専修コース
のいずれかを本人の希望や興味、関心から選択して履修します。
また、これらに並行して機械電子工学や情報工学の基礎的な部分を全員が学ぶため、工業高校に近いカリキュラムになっているようです。
ちなみ高等工科学校は学校教育法に規定する高等学校の基準を満足していないため、正式な高校ではありません。
このため横浜修猷館高校と提携を結び、同校の通信制の課程を履修しているという形をとっています。
訓練
高等工科学校を卒業すると陸士長として全国各地の部隊に配属され、さらにその1年後には3等陸曹に任命されて分隊長として小規模な部隊の指揮を執ることになります。
このため高校生としての授業と並行して自衛官としての訓練も行われ、部隊配属後に即戦力となれるような知識と技能の習得を目指して訓練が行われます。
1年生の頃には座学や基本教練といった自衛官としての基礎的な知識や技能を、2年生になると小銃が貸与され射撃訓練や地上戦闘の基礎訓練、3年生では演習場での野外戦闘や野戦築城に野戦勤務要領…といった具合に段階的に自衛官として必要な知識や技能を身に付けていくようです。
クラブ活動
授業や訓練の合間、主に平日の夕方や土日にクラブ活動に参加します。
クラブ活動は運動クラブと文化クラブの他、これらのどちらにも属さない特定クラブというものに分かれているようですね。
運動クラブには野球やサッカー、バレーボールといった一般的な高校にも有るようなものから、銃剣道という自衛隊独自のものなどがあります。
“高等工科学校”ではなく“横浜修猷館”として出場する事が多いためあまり知られていませんが、実は意外な強豪校のようで、全国大会や国体の常連となっているクラブもあるようです。
文化クラブは茶道や書道、英会話といった一般的なものから、軍事研究部といういかにも自衛隊っぽいマニアックな物、吟詠剣詩舞といったシブいものまで。
特定クラブは吹奏楽、ドリル、和太鼓、サイバー・コンピュータがありますが、この中ではドリル部が有名ですね。
ドリル部は関東近郊の駐屯地の開庁記念日に招待されてファンシー・ドリルの展示をしているので、見たことがあるという人もいるかもしれません。
休日
原則的には土日祝日は休日で、申請すれば駐屯地の外へ外出する事が可能。
外出時は1年生は制服着用ですが、2年生以降は申請により私服での外出も認められているようです。
基本的には外泊が出来ないため、土日を利用した規制というのは難しいですが、夏休みや冬休み、GWには長期間の連休には外泊が許可されるため、多くの人はこの期間に帰省することになります。
陸上自衛隊高等工科学校卒業後の進路
“陸上自衛隊”と冠している通り陸上自衛隊内の学校なので、高等工科学校を卒業するとほぼ100%陸上自衛隊に配属されます。
職種や配属先は本人の希望や適性もありますが、部隊側のニーズ次第ですね。
また、希望者は3年修了時点で防衛大学校や防衛医科大学、あるいは海上・航空自衛隊航空学生を受験することが出来るので、そちらに進むという人も毎年10数人程度はいるようです。
防衛大学や航空学生に進まなければ卒業と同時に陸士長に任命され、高等工科学校の卒後課程へ進みます。
卒後課程ではまず各方面隊の陸曹教育隊に入隊し、約3カ月の生徒陸曹候補生課程で初級陸曹として勤務するために必要な知識や技能を身に付けます。
生徒陸曹候補生課程を修了すると次は全国各地の部隊に配属されますが、配属直後に各職種の専門教育を履修するために実施学校(職種ごとの専門教育を施す自衛隊内の職業訓練学校)に入校して各職種の初級陸曹課程を履修します。
初級陸曹課程を終えると部隊に戻り、実際に業務に従事しながら経験を積んでいき、高等工科学校卒業から1年後の4月には3等陸曹に昇任。
この時点で高等工科学校とそこから続く一連の教育がようやく終了して一人前の自衛官として部隊勤務をスタートします。
卒業生の配置される職種
今のところ高等工科学校を卒業して進むことが出来る職種と勤務内容は
- 普通科:指揮統制システム・多⽬的誘導弾の操作、⼩銃分隊⻑
- 機甲科:戦⾞の操作、斥候員
- 野戦特科:レーダの標定操作等、射撃諸元の算定
- 高射特科:地対空誘導弾、レーダの取扱
- 情報科:情報資料の収集・処理、地図・航空写真の配布
- 航空科:航空機発動機、機体計器類の整備
- 施設科:建設機械の操作・整備、測量その他建設技術
- 通信科:通信電⼦器材の操作・整備、各種通信技術
- 武器科:装軌⾞両、⽕砲、誘導武器、弾薬の補給・整備・回収
- 需品科:糧⾷、燃料、需品器材、被服の補給・整備・回収
- 化学科:化学器材の取扱
といったところのようです。
少工校時代は卒業後に進めるのが機甲科、野戦・高射特科、航空科、施設科、通信科、武器科くらいしかなく、それらの職種に進んでも運用ではなく整備がメインだったようなので、これでもだいぶ選択肢が増えてます。
恐らく今後も高等工科学校から進むことが出来る職種が増えていくのではないでしょうか?
また、これ以外にも本人の希望次第では陸上自衛隊のパイロットを養成する“陸上自衛隊陸曹操縦学生”に進んだり、部内幹部候補生から幹部を目指すことも出来るため、実質的には陸上自衛隊のほぼすべての職種に進むことが出来るのかもしれません。
卒業後のキャリア
高等工科学校卒業後は3曹昇任までは横並び、それ以降は勤務実績や訓練成績で昇任スピードや定年時の階級が変わってきます。
仮に幹部にならずに定年まで自衛隊にいるとすると…
- 19歳:3曹昇任(分隊長・班長など)
- 27~30歳:2曹昇任(訓練係・補給係など)
- 34~37歳:1曹昇任(小隊先任陸曹・上級部隊や司令部付きの係員など)
- 41~44歳:曹長昇任(中隊先任陸曹・服務指導係など)
- 48歳~:陸准尉昇任(連隊・旅団・師団・方面隊・陸上自衛隊先任陸曹など)
といった感じになるんじゃないですかね?
この間に各種の教育(中級・上級陸曹課程、レンジャー訓練など)を受けて指揮能力や、職域・職種に必要な専門知識を高めていきます。
また、全く新しいタイプの部隊を編成する場合は生徒出身者を基幹要員に含めることが多いようですので、希望すれば新編部隊の立ち上げ要員として歴史に名を残すことも出来るかもしれません。
ここまでは陸曹のまま自衛隊生活を送る前提で説明してきましたが、本人の希望次第で幹部任官も可能です。
また、陸上自衛隊のヘリコプターパイロットを養成する“陸曹航空操縦課程”へ進むことも出来、こちらから幹部自衛官を目指すことも出来ます。
いずれにせよ選抜試験を受験してこれに合格する必要がありますが、どちらも高等工科学校出身ということで他の教育課程の出身者より多少有利になるようです。
まとめ
陸上自衛隊高等工科学校は中学校卒業を対象とした陸上自衛隊の教育制度で、高校の授業を受けながら自衛官としての訓練を受けるという、“防衛大学校の高校版”あるいは“自衛隊立高校”といった感じの学校で、陸上自衛隊を支える屋台骨である陸曹を養成しています。
陸曹の養成という点で見れば一般曹候補士とあまり違いが無いように思えますが、一般曹候補士出身者は配置にほぼ制限が無いのに対し、高等工科学校生徒出身者は高度な技術力や専門性を要求される職域に配置されることが多く、このため高等工科学校では基礎的な電気・機械に関する知識や技能の習得に力を入れているようです。
卒業後は全国各地の部隊に配属され、1年間の教育訓練や実務訓練を経て3等陸曹へ昇任。
部隊の若手をけん引する初級陸曹として活躍していくことになります。
また、本人の希望により防衛大学校や航空学生を受験することが出来ますし、部隊配置後も陸曹操縦学生課程や部内幹部候補生課程に進むことが出来るので、幹部自衛官という選択も可能です。
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