自衛隊の災害派遣にまつわるトリビア

自衛隊の思い出

自衛隊の主要な任務の一つである災害派遣。

地震や水害などで出動することが多いですが、新型コロナウィルスの医療支援のために自衛隊の災害派遣が決定されるなど、時代や情勢に応じて災害派遣の枠組みが変化しています。

今回は災害派遣の仕組みや歴史について解説しながら、将来的な災害派遣のあり方を考えてみたいと思います。

Table of Contents

災害派遣の仕組み

災害派遣の3要件

そもそもどのような状況であれば自衛隊が派遣されるのか?

意外と知られていないため、何かあれば簡単に自衛隊の派遣を要請できると思われているフシがありますが、実は何でもかんでも災害派遣の対象となるわけではなく、次の3つの要件を満たしているかどうかを防衛省が判断したうえで派遣が決定されています。

1.公共性

国民の人命や財産を災害から守る必要性があると認められる。

2.緊急性

状況が差し迫っていて、今すぐに救援しなければ人命や財産に危機が及ぶことが認められる。

3.非代替性

自衛隊でなければ救援することが出来ない。

この3点から災害派遣の妥当性が検討されるわけですが、まぁ防衛省に災害派遣要請が来る時点で検討は終了していて、派遣要請が来た次の瞬間には派遣命令が発令されるというパターンが多いですね。

要請する人と命令する人

次に誰が災害派遣を要請できるのか?

警察や消防、海上保安庁は個人が電話で呼ぶことが出来ますが、自衛隊はこれらの組織のように緊急通報ダイヤルがありませんよね?

もちろん基地内には電話が引かれているので、基地の代表電話は当直室に電話をかけることはできますが、仮に電話をかけたところで個人からの派遣要請に対応することはまずありません。

防衛省に対して災害派遣の要請が出来る人(要請権者)は都道府県知事や海上保安庁長官、空港事務所長などと法的に決められています。

災害派遣のケースの中には急患輸送や遭難者救助のように個人を対象としたものがありますが、これも消防や警察への通報が警察本部長や消防本部長が知事に対して自衛隊の災害派遣を上申し、知事から防衛省に対して派遣要請をすることで自衛隊の部隊が派遣されるわけです。

ちなみに自衛隊が出動する場合、本来なら内閣総理大臣が命令し、国会での承認を受けなければならないのですが、災害派遣に限って言えば“大臣または大臣の指名するもの”とある通り、防衛大臣もしくは各駐屯地司令や基地司令の判断で派遣命令を出すことが出来ます。

災害派遣であれば武器を使う事はまず無いのでこの辺りは割と緩いみたいですね。

災害派遣の種類

災害派遣の形態としては、上記のように要請権者からの派遣要請に応える『通常の災害派遣』というものの他に

・自主派遣

事態が切迫していて要請権者からの派遣要請を待っていては国民の人命、財産に危害が及ぶことが想定できるような場合が該当します。

基本的には自主派遣の後で要請権者からの災害派遣要請が出るため、自主派遣のままということは無いようです。

・近傍派遣

駐屯地や基地の近隣で発生した災害に対する自主派遣で、要請権者からの派遣要請は必要としないとされています。

具体的に言うと駐屯地や基地の周辺で火災が発生し、自衛隊施設に燃え移る危険がある場合などです。

・地震防災派遣

地震災害に関する警戒宣言が発令された場合に地震災害警戒本部長の要請により派遣されますが、制定以降1回も派遣実績がありません。

・原子力災害派遣

原発や核燃料精製プラントなどで事故が発生した場合の災害派遣です。

東海村JOC臨界事故を機に制定され、福島第1原発の事故処理が今のところ唯一の適用事例となっています。

かなり大雑把ではありますが、災害派遣はただ自衛隊を呼べばいいというわけではなく、法律や規則で色々なことが決められているということを理解していただけたかと思います。

災害派遣のトリビア

ここからは自衛隊の前身となる警察予備隊創設以来の災害派遣の歴史を振り返りつつ、あまり知られていないレアケースにフォーカスしてみます。

災害派遣第1号

災害派遣の第1号は警察予備隊発足翌年の1951年、ルース台風によって発生した『昭和28年西日本水害』なんですが、このころは災害派遣という概念が無かったためスムーズには行かなかったようですね。

その頃は警察予備隊の建設に手いっぱいで、災害派遣の事にまで頭が回らなかったでしょうから、スムーズにいかなかったのも仕方がないかと思われます。

それに警察予備隊の本来任務は日本の防衛と治安維持でしたからね。

ただ、上層部や政府としては『国民に親しまれる防衛組織』を志向していたようで、本来任務ではない災害救援活動を積極的に行うべきであると当時から考えていたようです。

この件以降警察予備隊、保安庁、自衛隊の災害派遣に関わる規則が充実し、トライ&エラーを重ねてよりスムーズに災害派遣が行われるようになりました。

最も多い災害派遣

災害派遣というと地震や風水害の救援活動というイメージがあるかと思いますが、一番多いのが急患空輸です。

五島列島や南西諸島の離島から、沖縄本島や九州にある設備の充実した医療機関に急患を搬送するというものですが、このタイプの災害派遣は全体の70%くらいを占めているようです。

原則的には消防ヘリやドクターヘリが対応するようになっていますが、離島の場合はこれらのヘリの航続距離を越えてしまう場合や、悪天候で飛行できないといったことも多いですからね。

基本的には各自衛隊のヘリコプターが対応しますが、状況に応じて飛行艇や輸送機が派遣されることもあります。

あまり知られていませんが航空自衛隊の大型輸送機で患者空輸をすることもあり、患者の容体によっては輸送機に救急車をそのまま積み込んで空輸することがある他、ICUをコンテナ化した“機動衛生ユニット”という装備を輸送機に搭載し、重症患者の集中治療をしながら空輸するということも行われています。

災害派遣で武器の使用?

自衛隊の災害派遣というと重機を使ってがれきや土砂を撤去するイメージが強いかもしれませんが、過去には武器を使用することを前提とした災害派遣もいくつかありました。

怪獣退治?

1960年代、北海道でトドが大量発生したことで定置網を破かれ、地元の漁業関係者が甚大な被害を受けたことから、トドを駆除するために災害派遣を要請されたということがありました。

この時は航空自衛隊が出動し、戦闘機で上空から機銃掃射をしてトドを駆除したそうです。

怪獣ならぬ海獣退治のために自衛隊が出動したわけですが、もしゴジラやガメラのような巨大生物が現れて自衛隊が対応しようとした場合、恐らくこの事例を前例として災害派遣の要請と命令が行われるんでしょうね。

東京湾海戦

1974年に発生した“第十雄洋丸事件”では、衝突炎上したLPGタンカーを消火撃沈するために海上自衛隊に災害派遣の命令が発令され、護衛艦4隻、潜水艦1隻、対潜哨戒機10機が出動します。

なかなか撃沈することが出来なかったため、当時のマスコミは『自衛隊は災害派遣を良いことに射撃訓練をして遊んでいる』という論調で自衛隊を叩きますが、実際にはタンカーの構造が当初の予想より頑丈であったため、当時の護衛艦の兵装では効果的にダメージを与えることが出来なかったそうです。

狙撃班の出動

1960年に発生した“谷川岳宙吊り遺体収容事件”では、谷川岳の一ノ倉沢にザイルで宙吊りになって収容が不能となった登山者の遺体をどうにかして収容するため、ザイルを何らかの方法で切断するために色々な方法が試されました。

当初は脂に浸したボロ切れに火を付け、これを棒でザイルに近づけて焼き切るという方法が検討されましたが、二重遭難の可能性があって危険であると判断されたため、陸上自衛隊の狙撃班を派遣してザイルを狙撃して切断するということに。

自衛隊の射撃位置から遭難者のいる場所までは140mも離れている上、ザイルは太さが2~3㎝、さらには風で揺れて動きが不安定という悪条件の中、機関銃や小銃、カービン銃で1,300発もの銃弾を発射してどうにかザイルを切断してご遺体を収容することが出来たようです。

当時の記録映像はYoutubeなどで見つけることが出来たような…。

火炎放射器で

過去には災害派遣で火炎放射器を使うなんてこともあったようです。

豪雪災害で雪を効率的に溶かすためなんてのもありましたが、ごみの埋め立て地でネズミやゴキブリを駆除するために使ったなんて話を聞いたこともあります。

成田空港開業前に滑走路を埋め尽くすほどに大量に表れたミミズを火炎放射器で焼き払った、なんて話もネットで見かけたことがありますが、火炎放射器なんか使ったら滑走路が熱で痛んで使えなくなってしまうので多分あれは嘘か誇張でしょうね…。

災害派遣にまつわるお金の話

費用請求

警察や消防が遭難した人を捜索したり急患の輸送をしたりすると、場合によっては発生した費用を後から請求されるなんてことがありますが、自衛隊の災害派遣では原則的に費用の請求は行われません。

たとえ遭難が自己の責任であってもです。

ただし、一部の海難事故については請求されることもあります。

船舶油濁損害賠償保障法では「損害の原因となる事実が生じた後にその損害を防止し、又は軽減するために執られる相当の措置に要する費用」を船舶の所有者が賠償する義務を定めているため、タンカーの座礁や衝突により発生した原油の流出事故の対処のために自衛隊が災害派遣された場合、船主と保険会社に費用を請求することがあります。

1997年に発生したナホトカ号原油流出事故の際には、防衛省と海上保安庁が船主と保険会社に相手取り、災害派遣で発生した費用を請求する訴訟を起こしています。

災害派遣の手当

警察や消防の場合は災害派遣手当というものがあったりするらしいですが、自衛隊の場合はごく一部を除いて災害派遣に関する手当は出ません。

手当てが支給されるのもかなり特殊な条件のみで、原子力災害に派遣された隊員(日当42,000円加算)くらいなもの。

給水・給食支援やがれきの撤去、防疫、家畜の処分といったものには手当てが支給されませんし、そもそも自衛隊には残業の概念が無いため、何時間連続で働こうが給料は1円たりとも増えません。

手当は無いものの、諸外国の勲章に当たる防衛記念章が貰えるのですが、これもひどい時には予算削減のあおりで記念章本体は貸与されず『防衛記念章着用許可証』なるものを手渡されるのみ…。

結局式典用に防衛記念章を買うことになるんですが、場合によっては記念章の台座を買い替えないといけなくなるため高々数千円とはいえ手出しが発生するし、自腹で買ったのになぜか退職時に返納しないといけない…。

記念章があると昇進に多少有利にはなるんですけどね…。

大規模な災害派遣では記念章受章者が多くなるので、防衛記念章を1つ増やしたところで特に有利にもなりません。

現役時代は志願して色々な災害派遣に出てましたが、災害派遣に行くメリットはほとんどありませんでした。

じゃあなんで進んで災害派遣に行ったのかというと、完全に個人の趣味や自己満足です。

足手まとい?

とある航空自衛隊の基地でのお話し。

基地の近所で発生した民家の火災に近傍派遣で基地の消防隊が派遣されたんですが、その評判がすこぶる悪い…。

地元消防団の団員曰く『あんな手際が悪くちゃ基地なんかあっという間に丸焼けになる』…。

消防隊も定期的に訓練をしているのでそこまで手際が悪いわけではないはずなんですがねぇ。

色々と聞いてみると、基地の消防隊は墜落炎上している飛行機の消火活動や基地内の建物の消火に特化しているため、一般的な日本家屋の消火活動には不慣れなんだそうで。

「火を消すのに飛行機と日本家屋でそうそう違いは無いでしょ?」と思っていたんですが、家の構造とかをある程度知ってないと効率よく消火できないみたいですね。

それに大規模火災に対応するための大型の機材しかもっていないので、田舎の方に行くと道が狭すぎて消防車がたどり着けないという問題も…。

とはいえ逆に基地内で飛行機が墜落炎上して地元の消防団が手伝いに来てくれたとしても、訓練したことも経験したことも無い航空機火災では手も足も出ないでしょうけどね。

やっぱり『餅は餅屋』ということなんでしょうね。

災害派遣の引き際

遭難者の救助や急患搬送であれば対象となる人を収容して医療機関に搬送する、または引き継ぐことで災害派遣が終了となりますが、大規模な災害の場合は引き際が難しい…。

地元の自治体や住民からすればいつまでもいてくれると助かるんですが、地元の土建屋さんや運送業者から見た場合、何時までもいられると完全に商売敵になってしまうわけです…。

このため派遣が長期化して民間業者の需要を圧迫しないように、がれきの撤去や重要度の高いインフラの応急処置程度しかやらないわけですが、これは地元の住民からすると『中途半端な状態で逃げた』という風に思われてしまいがち。

そして当の自衛官も派遣先で郷土愛のような物を感じたり、現地の人たちに情が湧いてしまうため、撤収するときに後ろ髪をひかれる気持ちで原隊に復帰することになります。

とはいえ長期の派遣で地元経済に悪影響を与えるわけにもいかないため難しいところですよね…。

世界で唯一の大規模化学テロへの対応

1995年に発生した地下鉄サリン事件への対応も、自衛隊の災害派遣の代表例の一つです。

意外なことに大規模な化学テロへ対応したことがある軍事組織は自衛隊だけだったりします。

ちなみにオウム真理教による化学テロの計画があることは陸上自衛隊は知っていた、というか上九一色村の教団施設を強制捜査するために警察庁が陸上自衛隊に対して支援要請をしていたことから、ある程度化学テロの発生は予想されていたそうです。

ついでに言うと教団施設への強制捜査はオウム真理教側も把握していたようで、地下鉄サリン事件は強制捜査を妨害・攪乱する目的で行われたなんて話もあったりしますね。

災害派遣の話ではないんですが、強制捜査の時に迷彩柄の防護服とガスマスクを着ていた人は実は陸上自衛隊の化学科の隊員だったとか。

嘘かホントか知りませんが、当初は陸上自衛隊から防護服の使用方法について教育を受け、警察官だけで強制捜査をする予定だったところ、教育期間が短すぎたため急遽自衛官が化学兵器の検知のみ行うことになったとか。

さらに警察側が捜査員腕章を付けるため防護服に安全ピンをブッ刺す(防護服に穴が開いて使用不能になります…)という暴挙に出たため、陸上自衛隊がブチ切れて防護服の貸し出しを断って化学部隊の隊員を極秘で派遣したなんて話もありますね…。

新型コロナウィルスへの対応

客船で発生したクラスター感染への対応や、自衛隊病院へのコロナ患者の受け入れ、地方自治体の要請による看護官の派遣などが行われていますが、個人的には看護官の派遣はもう少し慎重に決定するべきではないかと思います。

特に大阪の事例ですが、一見派遣3要件を満たしているように見えるものの、緊急性と非代替性について怪しいところがあるように思えるんですよね…。

確かに今は緊急性が高い事案かもしれませんが、感染ピークの発生は事前に容易に予想が出来ることですし、準備期間がかなりあったはず。

少なくとも大阪都構想の住民投票や、府や市が主催・協賛するイルミネーションのイベントをやるための準備期間と予算をコロナ対策に割り当て、医療従事者の確保に奔走すれば災害派遣が必要になる事態は避けられたのでは?

非代替性については民業圧迫の恐れは少ないものの、自衛隊の医療従事者でないとコロナ患者のケアが出来ないとはとても思えません。

大阪府としては災害派遣要請の前に府内の医療従事者をかき集めて、彼らの働きやすい環境を作るための努力が必要だったのではないでしょうか?

個人的には府知事の暴走のような気がしないでもないんですよね…。

普通は知事が公式に災害派遣を口にする頃にはすでに関係省庁間の調整がすべて完了しているんですよ。

マスコミに対して『○○県は自衛隊に災害派遣を要請します』と口にしたときにはすでに最寄りの駐屯地や基地には防衛省から災害派遣部隊の出動命令が下命され、出動準備が完了している状態となっています。

ところが大阪の場合はそうではない。

知事の発言の後慌てて府のスタッフが省庁間協議をしたんじゃないですかね?

恐らく府知事は具体的な派遣期間や派遣先を指示せず、可能な限り長い期間ダラダラと自衛隊を使おうという魂胆だと思いますよ。

府として医療従事者を集めて就労環境を整えるとなるとそれなりの費用が必要になりますが、災害派遣ではそのあたりの費用は全く請求されることがないので、実質タダで使えますからね…。

防衛省は大阪府に派遣費用を請求したほうが良いと思います。

これからの災害派遣のあり方

大阪のようなモデルケースを作られると災害派遣の公共性というものが怪しくなってくるのではないでしょうかね?

ろくな対策も取らず『困ったら自衛隊を呼んで何とかしてもらおう』というのがまかり通ってしまえば、有事の際の防衛力にも問題がでてきますし、何より災害発生時に住民のケアに支障が出てしまう可能性がある。

今回のケースであれば医療従事者の増員が容易に出来ないため、自衛隊を頼ったということになるんですが、それなら災害派遣ではなく民生協力の依頼という形で派遣に関わる実費を防衛省に支払う代わりに、隊員を差し出してもらうということも出来たはずです。

過去には『土木工事等の受託』という枠組みで防疫作業を行っていることもあるので、この枠組みを拡張して医療支援に適応できるように法改正していくことも考えないといけないんじゃないでしょうか?

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