自衛隊の災害派遣の裏話

ここ最近防災関係のネタが続いていたので現役当時に行った災害派遣の裏話でもしてみたいと思います。

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災害派遣のルール

自衛隊が災害派遣で出動するには自衛隊法第83条に基づいた法的な根拠が必要になるわけですが、基本的には要請が無いことには出動することが出来ません。

災害派遣の要請権者

災害派遣要請を出来る人というのも法律に記載があり

  • 都道府県知事
  • 海上保安庁長官
  • 管区海上保安部長
  • 空港事務所長

が防衛大臣に対して災害派遣を要請することが出来ます。

マニアックな自衛隊用語では「災害派遣要請権者」かシンプルに「要請権者」と呼びます。

災害派遣の3要件

『要請権者が災害派遣要請をすればどんな状況でも自衛隊が出動できる』というわけではありません。

要請権者の率いる組織や防衛省が

  • 公共性…人命や財産を社会的に保護する必要がある事
  • 緊急性…状況が切迫していて今すぐにでも救援が必要である事
  • 非代替性…自衛隊以外の組織でも対応できること

の3つの要素(派遣3要件)を考慮したうえで派遣要請を出すのか?または出された派遣要請を受諾するかどうかを判断し、派遣3要件を満たしていて自衛隊の部隊が稼働できれば防衛大臣から災害派遣命令が発令されます。

災害派遣要請から出動までの流れ

災害発生から部隊の派遣(差出)までのフローを大雑把にまとめるとこんな感じ

伝言ゲームみたいなことをしながら意外と時間をかけて派遣命令が下りてくるわけですが、実際の所は普段から駐屯地/基地の所在する市区町村の防災担当部署と手続きについての打ち合わせがありますし、派遣予定の部隊はテレビやラジオから情報収集もしているので、派遣命令が発令される前に派遣準備が完了しているなんてこともよくあります。

もし地方自治体が動けないような場合は『車両行進訓練』や『偵察訓練』といった訓練をするように部隊長が命令して『訓練部隊』が被災地入りし、後日正式に災害派遣命令が発令されたところで正式に訓練から災害派遣任務に切り替えるといったようなことも。

この場合は災害救助の命令は出ていないが、訓練中に被害を受けている人たちを偶然発見したので人道的配慮から独断で救助した。』という体で、仮に部隊行動中に何かトラブルがあっても上級部隊は一切関知しないというのがいかにも日本のお役所っぽい感じ…。

ちなみに東日本大震災以降は、日本国内で震度6以上の地が発生すると要請権者からの災害派遣要請を待たずに自動的に救援に向かうというシステムになっているので地震災害に限って言えば、訓練名目での出動はかなり減っているんじゃないですかね?

災害派遣というと地震や風水害、豪雪災害というイメージが強いですが、派遣件数が多いわりに目立たないのが離島での急患輸送や遭難者の捜索。

あれも地方の消防局や警察、病院から都道府県知事に要請発出の依頼があり、都道府県知事から防衛大臣に対して派遣要請が出されている災害派遣です。

珍しいところでは駐屯地/基地近傍で火災が発生した場合に備え、周辺自治体と協定を結び、エリアを絞って消火活動に出動する“近傍派遣”なんてのもあったりしますね。これは災害派遣というより民生協力に近いのかな?

災害派遣の裏話

災害派遣のシステムを説明したところで、私が実際に派遣された時のことを書いてみたいと思います。

身バレすると色々めんどくさいので時期や詳細な場所についてはご勘弁を…。

あと派遣時期は順不同です。

東日本大震災

私が被災地入りしたのは発生後約2か月過ぎたあたりでした。

空自は2週間ローテで派遣人員を入れ替えていたので、私は第8陣か9陣あたりですかね?

その頃にはご遺体の収容作業が殆ど終了し、避難所への物資配給や給水などの生活支援がメインとなっていましたが、私が配属された部隊は避難所に1歩も足を踏み入れていません…。

『そんな時に被災地に行って避難所に行ってないって何しに行ったの?』と言われそうですが、生活支援のような表向きの活動を裏で支援するための仕事をしていました。

作業内容は宮城県と岩手県の各地に開設された支援物資倉庫での荷役作業で、物資の搬入と中身の確認、貯蔵品の入れ替え、そして不要となった支援物資の廃棄です。

東日本大震災では日本中どころか世界中から支援物資が届いていたのですが、被災地に搬入されたはいいものの配給のしようがないという物が大量に死蔵されていましたね…。

例えば某国は大統領名でカップラーメンを数千ケース送ってくれたのですが、味がエスニックすぎて被災者に配っても誰も食べられないとか、別の国は豆乳を数百キロリットル送ってくれたものの使い道がないまま倉庫で腐りはじめているとか…。

こういった物資を処分しないと後から来る他の物資を格納できないため、可能な限り早く捨てたいのですが、捨てているところをマスコミに見つかると何を言われるか分からない…。

仕方がないので避難者がはけた田舎の公民館やホールを新たに倉庫に設定して保管場所を確保していました。

このような行き先の見つからない大量の食料品の処分にも困りましたが、個人が善意で送ってくれたであろう支援物資の仕分けがまた厄介な作業でしたね。

個人が援助してくれた支援物資には現金も一緒に梱包されていることが多かったため、倉庫に届いたら1つ1つ箱を開けて中身を確認する必要があり、もし現金が同梱されていれば送っていただいた方のお名前と金額を別の隊員と一緒に確認しつつ記録して、現金は自治体の復興支援基金へ。

物資の方も内容品と数量を記録して倉庫に保管するんですがこの物資の方が酷い有様でした…。

よれよれになった洗濯もしていないような使用済みの下着や、襟周りが煮絞めたように茶色くなったワイシャツなど、支援物資の名目で不用品を処分しているとしか思えないような物が多々ありました。

大体こういう物資には達筆で『生活に困窮しているだろうから恵んでやるのでありがたく受け取るように』みたいなことが書かれた手紙が添えられてましたね…。

じゃあ新品ならいいかというと、“穴あきのセクシーなショーツ”みたいな絶対に配給できないようなものが紛れているので油断が出来ません。

なんだかんだで10%くらいは配布できないようなゴミだったような気がします…。

配給出来ないような衣類の話で思い出したのが物流倉庫の余剰在庫品。

これも結構厄介で、送ってもらったはいいものの被災者側からのニーズが全くないアイテムが倉庫で山積みになっていました。

ある倉庫には子供が入学式や七五三なんかで着るようなスーツが数百着保管されてましたが、誰からもニーズが無いものを配給しても押し付けになってしまうし、要らないからと捨てることも出来ず…。

倉庫の場所をとって仕方がないのでとりあえず駐車場に野積みしてありましたが、雨ざらしになって全滅してしまいました。

こういった“配給できない支援物資”は最終的にどうするのかというと、『やっぱり不要でした!』と送り主に送り返すわけにもいかないですし、売りさばくわけにもいかないのですべて捨ててしまいます…。

良かれと思って何でもかんでも送り付ければいいという訳ではありませんね。

あと千羽鶴とかも…。

『応援する気持ちを込めて千羽鶴を折りました!』なんて手紙を付けて送られてきますが、あれが避難所や被災者にの手元に届くことはありません!

何の役にも立たないので早くどうにかしたいところなんですが、善意を無碍にも出来ないのでしばらくは倉庫に保管されるものの、結局邪魔になるので最後は焼却処分されます。

まぁ奇跡的に被災者の手元に届いても焼却処分されるでしょうけどね…。

ハッキリ言って嫌がらせでしかありませんので、良かれと思って千羽鶴を送り付けるのは止めてください。

被災者を支援したいという場合はしかるべき団体に現金を寄付するのが一番スマートだと実感しました。

河川氾濫予防のための水防活動

台風に伴う豪雨により、基地近傍の川が氾濫する恐れがあるということで朝4時にたたき起こされて基地の本部庁舎に集合。

取りあえず基地内にいる隊員だけで作業中隊本部と作業小隊をいくつか編成するという話になったのですが、早朝のため基地にいる幹部が極端に少なく、空曹が作業小隊長として部隊の指揮を執るということになりました。

当時の私の階級は3曹だったので、私が小隊長になることはないだろうと高をくくっていたら序列(自衛隊や警察の場合階級が上位の人、同じ階級であれば昇任日が早い人)ではなく指名で小隊長を決定することになり、なぜか私が小隊長に任命されました…。

いろいろ言いたいことはありましたが文句を言っても仕方がないので小隊員を集めて状況説明をしていると、小隊員に当てにしていた先輩がいるじゃないですか…。

『おう!よろしくな!』って何言ってんのこの人…。

まぁ私以外の小隊長が1曹か2曹で、その下にも何人か2曹がいるという時点で色々とおかしいとは思ってましたけど…。

一時的とはいえ階級が一つ上の2曹を部下に持つという、自衛隊では絶対にありえない編成の部隊が誕生した瞬間でした。

こういうパワーバランスがおかしな部隊編成にすると物凄く纏め辛くなるのですが、やっぱりこの時も若手の空士たちから『あいつが小隊長になるのはおかしい』と苦情が出ました。

でも俺が小隊長になったのはお前らの推す2曹が陰に引っ込んでたからなんだけどな…。

しょっぱなから不穏な空気になっていましたが、ここで揉めても時間の無駄なので移動用のバスに乗り込み氾濫間近の河川に出発!

作業としては土嚢を載せたトラックが到着したらバケツリレーで川岸まで土嚢を運び、川岸に要る隊員がひたすら土嚢を積んでいくという単純な物。

わざわざ小隊長を立てて指揮を執るほどの物でもありませんが、現場は台風が接近中で風が強く、油断していると風にあおられて濁流にのみこまれる可能性もあるという割と危険な場所。

小隊長の仕事は作業式ではなく安全管理のための監督指導がメイン。

それと土嚢を積んだトラックがひっきりなしにやってきて休憩が出来ないため、小隊員から出る不平不満をどうにかごまかして強制労働させることですね。

作業が始まると私より階級が上の小隊員からも不満が出てキレそうになりますが、いちいちキレていては時間がもったいないので無視して作業を進めます。

強風の中、誰一人ケガをすることなく無事に帰ることが出来たのの、この時は私の小隊の小隊員が作業用ヘルメットを川に流すという物損事故を発生させていました。

濁流に飲まれたヘルメットは捜索のしようが無いですし、落とした小隊員に怒ったところでヘルメットが出てくるわけでもないので、上司である作業中隊長に事情を説明したところ『破損したという処理をして新品と交換するように調整しとくよ』と言っていただき、実際にそういう処理もしてもらえた(その時の作業中隊長は補給隊長でした)ため結果的には誰一人お咎めを受けることなく無事に災害派遣は終了しました。

家畜伝染病の防疫支援

この派遣では基地の周辺の畜産農家で蔓延した家畜伝染病の防疫支援ということで街頭での車両の消毒作業をしました。

この時は派遣期間が長かったので、毎日日替わりで基地周辺の消毒スポットに配置されて24時間交代で勤務していた記憶があります。

伝染病の流行エリアの入り口に検問所のような物をつくり、そこを出入りする車に停車してもらってタイヤと車の下回りに消毒液を噴霧するという仕事でしたが、正直なところ消毒といっても据え置き型の動力噴霧器で車に消毒液ぶっかけるだけでかなり楽な仕事。

ただし、梅雨明け間近でジメジメした環境なことに加え、伝染病対策の仕事のため休憩時間もタイベックスの防護服を脱げないので、休憩中も徐々に体力を消耗していきます。

消毒スポットでは二人一組で向かい合わせになって車の両側から消毒液を掛けるのですが、息が合わないと消毒液をお互いにかけあうことになるので1時間も消毒してると汗と消毒液で体中がびしょぬれに…。

消毒液は炭酸ナトリウム溶液なので多少口に入ったり飲み込んでしまったりしても“苦しょっぱくてマズイ”だけで人体に影響はありませんが、消毒に使っていた炭酸ナトリウムを溶かしている水が農業用水なので飲用に不適なんですけどね…。

ただでさえ蒸れるタイベックススーツを着る上に、終わりがけとは言え梅雨時期なので消毒中に土砂降りに降られることもある、さらに消毒液を被ることもあるためみんなパンツ一枚履いた上から直接タイベックスを着ているので、さすがに女性隊員は送れないということで勤務員は男だけというなかなか珍しい勤務形態でした。

そういえば消毒液を掛けると車が錆びるということで拒否する人が多かったです…。

この消毒は義務ではなく“協力要請”なのであまり強くも言えないし、とは言え消毒しないとウィルスが蔓延する恐れがある。

「せめてタイヤ周りだけでもお願いしますよ、タイヤハウスの汚れも落ちますよ。」なんて適当なこと言ってどうにか宥めすかして消毒してました。

隣にパトカーとお巡りさんがいるんで文句言う人も渋々従うんですけどね。

逆に畜産農家のオジサンなんかは『泥汚れ付いてるから車体にもジャンジャンかけてよ!』なんて言ってくれたり、消毒スポットでうっかり窓を開けていたお兄さんは『畜舎で仕事した後だからちょうどいいや!靴の周りも消毒してもらいたいからもうちょっとかけてよw』なんて言ってドアまで開けてくれたり、伝染病の被害だけだなく、他地域からの風評被害に苦労しているであろう当事者のほうが物凄く協力的で気を使ってくれたのが印象的でした。

私は街頭での消毒作業にしか行っていませんが、この災害派遣の時は路上での消毒だけでなく、家畜の埋却作業に従事する人もいました。

すでに死んでしまった家畜を埋めるならともかく、家畜を殺処分するために追い込んだり、薬剤を注射されて断末魔の叫びをあげる家畜を埋設用の穴の中に追い落とすという作業をしていたため、軽いPTSDになってしまい、しばらく肉が食べられなかったり、ふとした瞬間に断末魔の叫びを思い出すという人も結構いたようです。

あの時は「人間には伝染しない感染症だったからよかったけど、これが人間にも伝染するような人畜共通感染症だったらどうなったんだろう?」と思いましたが、新型コロナの感染対策を見ると…。

政府対応はあの時よりもしっかりしているように思いますが、当事者でない人たちの対応はあの時と変わっていないような気がしますね…。

まとめ

自衛隊の災害派遣には『公共性・緊急性・非代替性』という3つの要素(災害派遣3要件)について検討する必要があるため、災害があれば何でもかんでも自衛隊が出てくるというわけではありませんが、緊急性が高い場合は何らかの訓練名目で出動することもあり、この場合は派遣命令なしに人道的見地から救助活動を始めることもあります。

災害派遣というと地震や風水害、行方不明者捜索のイメージが強いかもしれませんが、実際のところは離島やへき地からの急患輸送の件数が圧倒的に多いですね。

大規模な災害に実際に派遣されると、普段は見ることのできない人間や世の中の汚いところや暗いところを色々と垣間見ることがありました。

やっぱりいざと言う時に頼れるのは自分だけなんですよ。

国民の関心があれば公助や共助にも期待できますが、残念ながら支援物資の半分くらいは死蔵されて被災者の所には届きません。

まずは自助が出来るように、いざと言う時の備えをしておいたほうがいいでしょうね。

それと特に伝染病の時に言える話ですが『自分は関係ない』とは決して思わないこと。

家畜伝染病が流行した時に気が付いたのですがウィルスを広めているのは当事者ではなく無関係な第三者でした。

「私は畜産関係者者では無いから消毒は不要です」なんて言う人から話を聞いてみると、“実は隣の家が畜産関係”なんてことや“用も無いのに牧場に野次馬に行ってた”なんて人も結構いたりとか…。

新型コロナの流行が一向に終息しないのも当事者意識の欠如が原因なんじゃないでしょうか?

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