フライトシムで日本旅行 レグ9 入間基地→硫黄島航空基地

フライトシム

フライトシムの遊び方の一つに『一般人の立ち入りが著しく制限されている場所を飛ぶ』というのがありますが、今回の目的地の“硫黄島”もそんな場所の一つ。

現実の硫黄島は海上自衛隊と航空自衛隊の共同管理する島で、上陸するためには防衛省からの特別な許可が必要ですが、フライトシムでなら許可を取らずに好きなタイミングで上陸することが出来ます!

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硫黄島

硫黄島は東京都小笠原郡に属する日本本土から約12,000㎞離れた孤島です。

海底火山が隆起してできた島なんですが、この海底火山というのがありえないくらいに細長いそうで、標高が海面から-3,000mほどあるにも関わらず、山の太さが海面に隆起している硫黄島とそれほど変わらないとか…。

このため火山活動次第では山の中腹からポッキリ折れて硫黄島が沈んでしまう可能性もあるなんてことを聞いたことがありますが、多分自衛隊ジョークの一つなんでしょうね。

そんな危険な島なんですが、太平洋戦争中は重要な戦略拠点として日米両国が壮絶な戦いを繰り広げた島でもあります。

この辺りの話はクリント・イーストウッドの監督した『父親たちの星条旗』や『硫黄島の手紙』に描かれているので、当時の日米両国兵士の心情や国内情勢を知るためにはぜひ両方の映画を見ることをお勧めします。

太平洋戦争終結後は米軍の小笠原諸島統治の時代を経て日本に返還され、1968年に海上自衛隊が硫黄島航空基地分遣隊を設置。

その後1984年に航空自衛隊が硫黄島基地隊を新編し、以降は海上自衛隊と航空自衛隊で共同管理しています。

日本本土から遠く離れ、絶海の孤島のため周辺に住む一般人もいないことから、あらゆる制約のない訓練環境を確保できるとあって、陸・海・空自衛隊が新規装備の研究開発や実験、各種の演習を行うために硫黄島に訪れます。

過去には航空自衛隊がF-104戦闘機を改造した無人戦闘機を開発し、硫黄島周辺でのテストフライトやミサイルなどを使用しての空中戦訓練を行っていました。

最近だと海上自衛隊のP-1哨戒機の兵装関連の試験を硫黄島周辺でやっていたようですね。

この他にも陸上自衛隊が離島を奪還するための逆上陸侵攻の訓練を行ったりもしているようです。

ちなみにアメリカ海兵隊のジャングルサバイバル訓練の一部も硫黄島で行うそうで、摺鉢山にあるモニュメントには記念品のドッグタグが大量に置かれています。

Wikipediaより引用

硫黄島基地に所属する部隊

海上自衛隊、航空自衛隊ともに飛行部隊は常駐していませんが、陸海空自衛隊や在日米軍が各種訓練や試験のために飛来します。

訓練や試験のために飛来する航空機の受け入れや給油、航空管制業務を担当するのは海上自衛隊の「硫黄島航空基地隊」で、これらの外にも宿泊研修施設の維持管理や基地内の食事の提供などの基地機能の維持もこの部隊が行っているようです。

航空自衛隊も硫黄島に部隊を配置していますが、周辺の訓練空域の調整などを担当する小規模な部隊のようです。

硫黄島の飛行場施設

硫黄島基地の滑走路は

  • 滑走路長:2650m
  • 滑走路方位:07/25

地方空港や戦闘機を配備する航空基地と同じくらいの規模の滑走路が設置されています。

後述しますが、これだけの規模の滑走路があれば稀に飛来する民間の旅客機の離着陸にも問題なく対応できますね。

Prepar3Dに収録されている硫黄島基地には、滑走路の他にTACANとNDBという2種類の航法援助施設が設置されています。

正確に硫黄島までたどり着くためにはTACANを使いたいんですが、Preper3dのデフォルト収録機はどうやらTACANが使えないらしい…。

NDBで自機と硫黄島との距離を見ながら時期の位置を推測しつつ飛ぶしかなさそうです。

硫黄島へのアクセス方法

戦前までは硫黄島にも民間人が住んでいましたが、太平洋戦争中に硫黄島を要塞化するために全住民は強制移住させられてしまいます。

その後の戦後の米軍による小笠原諸島の統治、さらに日本への返還後も当時の住民の帰還は叶わず、今も民間人が許可なく立ち入ることはできませんが、硫黄島の戦いのせいで今も数えきれないほどの不発弾が島中に転がってますからね…。

危険なので民間人の立ち入りが原則禁止となっています。

ただし以下のような例外もあります。

プラント作業員

硫黄島の建設物の維持や補修は自衛隊の施設科部隊ではなく、民間の建設業者が担当しています。

元受けはたしか大手のゼネコンの鹿島建設だったと思いますが、現場監督や支配人として硫黄島に行くのは難しいと思うので、下請けをやっている建設業者であれば基地に行くことが出来るかもしれません。

ちなみに硫黄島への移動は入間基地か厚木基地から自衛隊の輸送機に乗って移動するようです。

遺骨帰還事業

硫黄島は太平洋戦争の激戦地だったので、今も多数の遺骨が眠っています。

厚生労働省や日本遺族会等の団体が遺骨帰還事業を行っており、毎年硫黄島で遺骨と遺留品の収集しています。

旧日本軍の設営した地下壕で遺骨や遺留品は捜索するのですが、硫黄島は火山島なので地熱が凄く、地下壕は高温多湿となるため、回収作業は生半可な気持ちでは務まりません。

ボランティアを募っていることもあるので、タイミングさえ合えば遺骨収集団に参加して硫黄島に立ち入ることが出来ますが、遊びではありませんので、参加するのであれば覚悟をもって臨んでください。

国際線のダイバート

太平洋上を飛行する民間機にトラブルが発生した場合、硫黄島に緊急着陸することがあります。

統計情報によると旅客機や貨物機、または太平洋をフェリーフライトしている機体が、大体年に1便くらいはダイバートしてるみたいですね。

これはかなりのレアケースですし、仮に緊急着陸した場合も代替機に乗り換えるときにほんの数歩上陸するだけなので、これでは硫黄島に行ったとまでは言えないかもしれません…。

硫黄島基地までのフライト

今回は入間基地がスタート地点ということで、せっかくなので航空自衛隊の運用する定期便っぽい感じでC-130を使ってみました。

私の現役時代は入間~硫黄島間の定期便と言えばC-1だったような気がしますが、機材や運用上の都合でC-130を飛ばすことだってあるでしょう。

それから航空自衛隊のC-130は小牧基地を母基地としていますが、細かい所まで気にしたらいけません…。

入間基地のランウェイ17をテイクオフして南に飛ぶこと3時間…。

あまりに長いので動画は15分程度に加工していますが、もし興味があればフルバージョンをアップしますのでご一報ください。

サマリー

現役時代に1度だけ硫黄島に行ったことがありますが、なんというか独特の雰囲気を持った島でした。

熱帯性気候と地熱のせいでとにかく蒸し暑かった記憶と、いまだに残る戦闘の跡が生々しく、着いた瞬間に帰りたいと思った記憶が残っています。

民間人が立ち入りできないところでもフライトシムなら気軽に行けるのは面白いですね。

さすがに地下壕までは無いでしょうが、意外と島は良くできているのでアバターで散策してみるのも面白いかもしれませんよ。

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